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2006.08.08

昨日のTVより二題:松尾鉱山廃墟と硫黄島

8月7日 テレビ朝日 スクランブル「40年前の楽園都市は今…廃虚をゆく」

岩手県、旧松尾鉱山の最盛期に大勢の人が住んでいた集合住宅の廃墟を特集していました。(半分ほどしか見ていないのですが)
グーグルアースで松尾鉱山の場所は解像度は高く、廃墟の集合住宅 緑ヶ丘アパート ははっきり見えます。近くの元中学校だった建物、また鉱山病院(現在では学習院八幡平校舎として利用されている)も見えます。
他にもたくさんの木造住宅もあったようですが、すでに取り壊し、あるいは焼失しているようです。
1914年の松尾鉱山創業以来多数の鉱山従業者によって繁栄し、アパートは1950年代に次々と建てられ、当時としては珍しいスチーム暖房や水洗トイレなども完備した近代的なものだったそうです。住宅、病院、学校などの充実振りから、雲上の理想郷などとも呼ばれていたそうです。しかし、松尾鉱山の閉山と共に住む人もいなくなり今ではすっかり廃墟と化しています。
鉱山の負の遺産としていまだに廃坑から毎分24トンという強酸性の鉱毒水が流出し続けていて、左下の赤っぽい建物は中和処理施設で24時間稼動しているそうです。
今年の5月には産業考古学会の推薦産業遺産に認定されたとのことで、これをきっかけに岩手県で教育や観光に役立てようという動きが出ているそうです。いろんな意味で確かに高度成長期の日本の大きな歴史の一つですね。
今は立ち入り禁止の上、少々怖いようなところの気がしますが、そのうち観光ルートに入るのかも。

松尾鉱山廃墟

  060808_1   060808_2

 

8月7日 NHK総合NHKスペシャル  「硫黄島 玉砕戦 ~生還者 61年目の証言~」

昭和20年、硫黄島における激戦は有名ですが、実際にこの戦いを経験して生き延びた方たちの生の声は衝撃的であります。日本軍兵士もアメリカ軍兵士も共に犠牲者であったこの戦い。勇敢な玉砕という言葉の陰に真の苦しみは隠されてしまったようです。「仲間の死は無意味だったなんてとても言えない、でもいったい何の意味があったのかこれは難しい」という言葉が実に重かった。
このときの様子を米軍がかなり詳細に記録に残しています。直視できないような映像が次々と映し出されました。ここまで戦った日本人にとって日本はなんだったのだろう。海を隔てた向こう側で何をしてくれたのだろう。
写真家ジョー・ローゼンタールの星条旗を立てようとしている兵士をとった写真は、ここの摺鉢山でとられたそうです。
ワシントンのアーリントン墓地にはこの写真を元に作られた硫黄島記念碑があります。アメリカ人はどんな気持ちでこれを仰ぎ見るのでしょうか。
クリント・イーストウッドが今年、硫黄島の激戦をアメリカ側からの視点と日本の側から見た視点の二つの映画を撮影するそうです。といっても、日本側の視点もクリント・イーストウッドが撮るというあたりでどのように取り扱うのかとても興味深い。日本からは渡辺謙、中村獅童、二宮和也他が出演するそうです。

硫黄島2作品「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」

クリント・イーストウッド来日記者会見

硫黄島

硫黄島記念碑(ワシントン)

  060808_3  060808_4 

参考リンク:祖父の硫黄島戦闘体験記

 

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